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広島高等裁判所 昭和32年(ツ)8号 判決 1960年3月31日

上告人 控訴人・被告 横部仁旨

訴訟代理人 植木昇

被上告人 被控訴人・原告 忠政豊

訴訟代理人 柴田治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は末尾添付の上告代理人提出の上告理由書の通りでこれに対して次のように判断する。

原判決の確定した事実によると、被上告人は上告人の父横部貞通から本件山林を昭和二三年五月一日買受け、その後同年九月二日上告人は貞通から同山林の贈与を受けたが、いづれも移転登記手続未了のうちに右貞通は昭和二七年二月一四日死亡し、上告人がこれを相続してその権利義務を承継したが、被上告人は本訴提起後間もない昭和二七年四月二一日上告人に代位して上告人のために相続による所有権取得登記をなしたと謂うにある。

以上のような事実関係の下においては上告人は貞通に対する関係では受贈者として既に本件山林につき所有権を取得して居り、移転登記請求権を取得しているのでその所有権を相続することはあり得ない筋合であることまことに所論の通りであるが、他面上告人は貞通の相続人として被相続人の法律上の地位を承継し、従来貞通が被上告人に対して負担していた本件山林所有権の移転登記義務についてもこれを承継していることが明かである。即ち貞通の生前においてはいわゆる不動産の二重譲渡の場合に該当し、上告人と被上告人は互にその権利を主張し得ない立場にあり、いずれか早く登記を経由して始めてその所有権を対抗し得た関係にあり、上告人が先に自己名義の所有権取得登記を得ておれば自己の所有権を以て被上告人に対抗し得べく、反対に被上告人は所有権取得を主張し得ず、従つてその後上告人のため相続が開始しても被上告人に対する登記義務の承継とゆうことはあり得ない。しかし本件の如く上告人が被相続人から生前贈与を受けた不動産につき登記のないまま被相続人が死亡し、その相続をした場合には異なる。即ち上告人は相続前生前贈与による所有権を以て第三者に対抗し得なかつた関係上、右贈与がなくして相続が開始された場合と同一の立場になり上告人は被相続人の被上告人に対する所有権移転登記義務を承継するものといわなければならない。したがつてこの場合は上告人は所謂二重譲渡を受たものとしての立場を失つたものとゆうべく、上告人は民法第一七七条にいわゆる第三者に該当せず、登記なき故を以て被上告人の所有権を否定し得ないと同時に、上告人は最早生前贈与による登記ができず、相続による登記があつても被上告人に対し優先的所有権取得を主張し得ないものと解すべきである。又相続による所有権取得登記に対し生前なされた贈与による所有権取得登記と同一の遡及的効力を附与することはできない。

所論は上告人は貞通に対する関係では所有権を取得し登記請求権を取得したことを強調して、相続人として貞通の被上告人に対して負担する登記義務を承継した点を看過した一方的な見解であり、又相続登記の対抗要件につき独自の解釈をなすもので論旨は到底採用できない。

以上説示の通り論旨は理由がないから本件上告を棄却することとし民事訴訟法第四〇一条第三九六条、第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 岡田辰雄)

上告理由

原判決は判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背があり且つ理由不備若くは理由齟齬の違法がある。

即ち原判決はその理由において(一)上告人が父貞通より昭和二十三年九月二十日本件山林につき贈与により所有権を取得したこと(二)昭和二十七年四月二十一日被上告人の代位に基き上告人のため所有権の取得登記がなされたこと(三)貞通の所為は二重譲渡の場合に該当するものであるところ上告人は貞通の生存中に取得登記を経ていないのであるからその所有権の取得を被上告人に対抗し得なかつたものというべくそしてかかる状態において相続が開始したのであるから上告人は被相続人の法律上の地位の承継者として被上告人に対する売主たる貞通の所有権移転登記義務を承継したものであること(四)民法第一七七条はいわゆる第三者とは当該物権変動の当事者及びその承継人は包含されないからその後被上告人の代位に基き上告人のために所有権取得登記がなされたからといつて上告人は被上告人に対し登記の欠缺を主張することができないのは勿論上告人は被上告人に対する登記義務を免れることはできないことを各認定した。

しかしながら本件山林は原判決認定のように昭和二十三年九月二十日父貞通より上告人に対し贈与されたものであるから上告人と貞通間においては本件山林の所有権は上告人に移転し上告人は貞通に対し所有権移転登記請求権を取得しているものであつて本件山林に関する限り貞通の被上告人に対する法律上の地位を承継するものではないものである(この場合上告人は相続人としても受贈者としての二重の地位にあるものではない)。それ故貞通の被上告人に対する売主としての所有権移転登記義務を承継しないものというべきであつて上告人と被上告人の関係は民法第一七七条所定の第三者たる地位にあるものである。(所有権を取得すべき債権を有する者は対抗要件の欠缺を主張し得る第三者であるとの最高裁判所昭和二六年(オ)第六三三号同二八年九月十八日第二小法廷判決御参照)上告人被上告人いづれも未登記であるがため相互の優劣を主張し得ないもので登記を経てはじめて自己の権利取得を他に主張し得るにすぎないものであるから未だ登記を経ていない被上告人において上告人と貞通間の贈与による所有権移転を否定し得ないものというべく何等の権利関係も有しないものである。(東京高等裁判所昭和三〇年(ネ)第五〇六号昭和三一年一〇月三一日民三部判決判例時報第九七号一七頁御参照)それ故上告人は被上告人に対する貞通の所有権移転登記義務を承継しないものというべきである。原判決は被上告人と貞通間の売買は未登記のままであるにかかわらず上告人において否定し得ないという前提にたつからこそ登記義務を肯認しているものであるがそれならば上告人に対する貞通の移転登記義務を如何なる理由によつて解決するのか何等の理由も示していないのである。上告人被上告人は権利取得者として相互対等の地位において自己が登記を得ることによつてのみ他の権利取得を否定し得る権利関係に立つているのである。貞通との関係は全く別個の問題であり民法第一七七条の定めるところではない。それ故上告人を貞通の相続人たる地位において被上告人に対する第三者に該当しないものとし登記の欠缺を主張し得ないものとするは民法第一七七条の解釈を誤つたものである。従て被上告人の代位によるものではあるが上告人のためなされた所有権取得登記は現在の真実な権利状態を公示するものとして被上告人に対抗し得る有効な登記である。茲において上告人被上告人は相互に第三者的地位において貞通よりの所有権取得につき優劣を決し上告人は被上告人の所有権取得を否定し得るに至つたのである。原判決が上告人が貞通より贈与によつて所有権取得した事実を認定しながら第三者相互の関係である被上告人との関係につき上告人を貞通の相続人たる地位において判断し上告人に登記義務あることを認定したるは明かに理由齟齬あるものである。それ故原判決は破棄を免れないものである。

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